在宅医療部ご挨拶
口腔機能低下症とは
私、武内伸賢歯科医師は歯科口腔外科の口腔機能再建が専門です。(インプラント・摂食嚥下リハ・かみあわせ・専門口腔ケア・一般手術全般)
“口腔領域の機能”に注目し必要に応じて口腔外科的手法を用いて形態・機能改善に努めます。なかでも特に口腔機能低下症に注力しています。
口腔機能低下症とは、2020年現在“咬み合わせ”や“咀嚼機能”“飲み込み”“口腔周囲組織の発育”を含む摂食嚥下機能を包括的に評価し回復や正常発育を助ける事を目的とした分野です。特に高齢者の場合は口腔機能(≒摂食嚥下機能)低下後に続発的に生じるフレイル(※1)等のリスクを回避する診療科として注目を集めています。
口腔機能低下症は比較的新しい概念で、口腔機能再建分野として確立する以前は、誤解を恐れずに言えば長きにわたり口腔外科や病院歯科がその分野を担っていました。
従来の、“虫歯で穴があいたから詰める”、“虫歯を削る”“入れ歯を入れる”といった“歯の形”の回復を目的にしたものではなく、経口摂取や嚥下・発音等の機能の回復・維持・発育の補助を目的にしたものです。
残念ながら実際にこれまで歯科領域ではどちらかといえば“形態の回復”が先行し“機能の評価”に対しては遅れ足である感覚が否めませんでした。代表的なものが“かみ合わせ”です。
例えば治療後は、患者さんは何となく咬めるようになりますが、どの程度回復したのか、そこからさらにどの程度回復が可能なのか、年齢別の平均と比較してどうなのか、残念ながら明確で客観的な評価指標が整備されていませんでした。再現性に乏しいマニアックな機械は過去にもありましたが、少なくとも数値化はされておらず、公的なものではありませんでした。
国民の間に広まって久しい“血圧値や視力の数値”の様に、歯科口腔領域では、本来は、咀嚼機能値として経口摂取の評価指標が早期に導入されるべきでした。
例えば眼科では、コンタクトレンズを入れたら、視力を測ると思いますし、循環器内科では高血圧症の治療を開始したら、治療前後の血圧を測定すると思います。
歯科ではいかがでしょうか。“口腔固有の多種多様な運動機能を1つの指標では包括的に評価できない。”などが歯科医師間では昔から言われてきましたが、例え部分的で暫定的であっても一律に評価できる検査指標の存在意義は大きい様に感じます。
口腔機能再建分野とは一つの組織の形態や機能回復に捉われない器官全体を広い視点で診る事が可能な分野です。
例えば、口腔外科的な手法を用いたインプラント治療や、かみあわせ、誤嚥性肺炎予防や化学療法施行期間中の感染防止目的の口腔ケア、内視鏡を用いた摂食嚥下リハビリテーションのプランニングは私の得意とするところですが、これらはいずれも健やかな日々への“回復を叶える手段”であって目的ではありません。
最終的なゴールは“患者さん本人の健康”であると考えます。ご本人はもちろん、そのご家族の健康まで叶えられたら歯科医師としてこれほどやりがいのある事は無いと考えます。
あくまでも、多くの医学知識や様々な治療方法の裏付けとなる学問分野は健康を獲得するための体系的な方法論であり、医学の修得自体が目的ではありません。
また、これまでも “口腔機能を維持・改善する事で摂食嚥下機能が向上する”例や、口腔機能を発達させることで、嚥下機能の正常な獲得、発音発話の正常な発育”などが多く報告されており、2014年からはフレイル予防・健康寿命延伸の観点から耳鼻科や小児科、脳神経外科、整形外科などの他科との共同研究が推進されています。
これにより、例えば小児の場合はADHD、LD等の広汎性発達障害の未然の予防が可能になりうるとして、高齢者の場合はフレイル対策を見据えたADLやFIMの維持・向上を見据えるものとして注目を集めています。
(※1:フレイルは、海外の老年医学の分野で使用されている英語の「Frailty(フレイルティ)」が語源となっています。「Frailty」を日本語に訳すと「虚弱」や「老衰」、「脆弱」などを意味します。日本老年医学会は高齢者において起こりやすい「Frailty」に対し、正しく介入すれば戻るという意味があることを強調したかったため、多くの議論の末、「フレイル」と共通した日本語訳にすることを2014年5月に提唱しました。)
フレイルは、厚生労働省研究班の報告書では「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像」2)とされており、健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味します。
多くの方は、フレイルを経て要介護状態へ進むと考えられていますが、高齢者においては特にフレイルが発症しやすいことがわかっています。
2013年に厚生労働省事業におけるワーキンググループにおいて、フレイル予防における口腔機能の維持・向上の重要性を歯科医療者以外の関連職種が容易に認識できることを目標とし、医科、歯科、栄養、老年社会学を包括したシステマティック・レビューとして検討が行われました。
その結果から、口から食べ物をこぼす、ものがうまく呑み込めない、滑舌が悪くなる等といった軽微な衰えを見逃した場合、全身的な機能低下が進むことから早期の対応が必要であることが示されています。
このフレイルの前段階(プレフレイル)に共通して認められる状態を東京大学高齢社会総合研究機構の特任教授辻哲夫・教授飯島勝矢らは口腔領域の機能低下、すなわち口腔虚弱:オーラルフレイルと定義しています。